【記事】停電10時間超 スリランカ経済危機の実態(NHK)

2022.04.18

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220418/k10013586881000.html


30度近い熱帯夜でも扇風機は動かない。真っ暗な職場で明かりはスマホのライトだけ。5日並んでもガソリンが買えないー。これがエネルギー危機と経済の大混乱に陥る国・スリランカで起きている現実だ。
現地での取材で見えたのは、自分が暮らす国を「沈む船」と呼ぶほど追い詰められた市民の暮らしだった。
(アジア総局記者 影圭太)

紅茶で石油を買う国

紅茶で石油を買う国

それは空港で早くも目の当たりにすることになった。

3月上旬、スリランカの空港に到着し、携帯電話用に現地のSIMカードを買った時だった。

料金をドルで支払ってほしいと言われたのに、おつりとして返ってきたのは現地通貨スリランカルピーの紙幣。

「手持ちのドルはないから」と販売員の男性が話すのを聞き、この国の経済が抱える大きな問題を実感した。

急激な外貨の不足だ。

紅茶と観光で知られる南アジアの島国スリランカ。

経済が普通ではない状態になっていると感じたのは去年12月だった。

「特産の紅茶を渡すことで、石油の購入代金の支払いに充てると合意した」

イランとの間で事実上の物々交換を認めるという、異例の発表。

国全体で外貨不足に苦しんでいることを理解した。

調べてみると、去年末時点での外貨準備の残高は27億ドルあまりで、1年間で46%減少とほぼ半減していた。

1か月分の輸入に充てられるほどしか外貨が残っていないとみられている。

経済規模は違うが日本の去年末時点の外貨準備の残高は1兆4000億ドルあまりなので、その500分の1程度しかない。

スリランカは以前からエネルギーや食料品の多くを輸入する一方、柱となる輸出品が少なく、国際的な経済取り引きを示す経常収支は赤字が続いていた。

外貨を得る手段として外国人観光客に頼る状況になっていたが、そこにコロナ禍が直撃。

去年1年間の外国人旅行者はピーク時の10分の1以下になり、外貨が急激に減ったのだ。

油がない! ガスもない!

大きな影響が出たのがエネルギーだ。

発電用や燃料用として海外から石油を輸入しているが、外貨不足によって支払いが通常どおりにできなくなった。

最大都市コロンボで取材を始めて目にしたのは、給油所に並ぶ車や人の長蛇の列だ。

街なかのいたるところで、数十台の車が列を作っている。

多くの人が給油用に持ってきたポリタンクに座り、いつ届くかもわからないガソリンや軽油を待ち続けている。

郊外の給油所の列で並んでいたスクールバスのドライバーはこう嘆いた。
「5日間も待ち続けているが、まだ給油できない」

ガスの輸入も滞っている。

コロンボにあるパン販売店では、オーブンを動かすためのガスが確保できなくなり、休業を強いられている。

オーナーによると、調理用のガスの価格はふだんの3倍以上になったと言う。

ガスが足りなくなったことで国内で1000店以上のパン店が休業したと、現地では伝えられていた。

この店でもパンが並ぶはずの棚は空っぽで、営業再開のめどはたたない。パン販売店オーナー
「誰もガスの価格を統制できず、正直言ってとても怒っている。ビジネスが崩壊してすべてを失ってしまった」

職場は真っ暗闇に

暮らしに欠かせない発電にも深刻な影響が及んでいる。

燃料が足りず、政府は2月下旬から計画停電の実施に踏み切った。

当初は最長で1日7時間半の停電だったが、3月下旬以降さらに悪化し、1日10時間を超えるまでになっている。

電気が止まる時間帯は前日の夕方に地域ごとに発表されるが、そのとおりに始まることはほとんどなく、住民をいらだたせていた。

私が現地で取材した3月上旬、コロンボの郊外では夜7時半ごろに電気が止まった。

店の明かりはもちろん、信号機の明かりまで消える。

雑貨店の店員の男性はスマホのライトの明かりを頼りに、店の片づけを始めていた。

動画や広告の制作を行う会社では、パソコンを使った作業中に停電が始まった。

部屋の電気が消え、スタジオを兼ねた窓がないオフィスの部屋は真っ暗になってしまった。

データを守るための給電装置がついた1台のパソコンの画面だけが光を放っている。

急いでデータを保存しパソコンの電源を切ると、暗闇が部屋全体を覆う。

この会社は設立したばかりなのに、停電で納期が守れないおそれがあるため新たな仕事を請け負うことができないと言う。

制作会社の従業員
「少なくとも6時間は続けて制作をしないといけないのに、停電のせいでそれができない。仕事だけでなく生活までめちゃくちゃにされて、もう未来への希望は持てない」

1か月で50%の通貨安に

1か月で50%の通貨安に

経済の混乱は通貨安にも波及し、通貨スリランカルピーが急落している。

3月上旬に1ドル=200ルピー前後だったのが、4月上旬には1ドル=300ルピーとなり、1か月で50%もの価格下落に直面している。

コロンボの土産物店では「ドルで支払ってくれれば特別価格に値引きする」と声をかけられた。

三輪タクシーのドライバーは「日本円で払ってくれてもいい」と言いだす状況になっていた。

通貨の価値は信用で成り立っていると言われるが、国民からの信用も揺らいでいる通貨は、すさまじい速さで売られ続けている。

外貨不足に品不足、そこに通貨安が加わったことでインフレが加速し、2月の消費者物価の上昇率は17.5%に達した。

3月以降はさらに上昇するとみられている。

“沈む船”には乗り続けられない

“沈む船”には乗り続けられない

経済の大混乱の犠牲になっているのは、そこに暮らす市民だ。

特産の紅茶の農園を経営する男性は、家計を支えるため中東に働きに出ようとしていると明かした。

いまの経済状況では、母国を抜け出すしか生きる道はないと言う。

急激なインフレによって茶葉を作るほど赤字が膨らむ状態になっているためだ。

特に影響が大きいのが栽培に欠かせない肥料の値上がりで、輸入品の肥料の価格は1年前と比べておよそ5倍に高騰しているという。

男性は新たに購入した農地ではもう茶葉を栽培することをあきらめ、放置したままにしている。

残ったのはローンと植えるはずだった苗木だけ。

苗木は庭に置かれて枯れ始め、男性が直面する絶望の大きさが伝わってくる。

男性は国の状態を船に例えてこう話した。
「沈む船に乗り続けることはできないので、抜け出すしかない」

いま首都にある出入国管理局には、国外に働きに出ようとパスポートを求める人で長蛇の列ができている。

敷地の外にまで人が並んでいるのを見れば、経済の混乱が多くの市民から最低限の暮らしさえ奪っているのかがわかる。

突然停電が始まり、急激なインフレで資産の価値は減り続け、生活必需品さえ手に入らない毎日が続けば、その場から抜け出すしかないと考える人が増えるのは当然だろう。

国際社会の課題にも

国際社会の課題にも

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を背景に世界的なインフレ圧力が高まっていることで、状況はさらに悪化することが懸念されている。

4月12日になって政府は公的債務の一部の返済を停止し、IMF=国際通貨基金に対し経済回復に向けた計画の策定と資金支援を求めていることを明らかにした。

スリランカには中国がインフラ建設への融資などを通して関与を強めていて、今回も債務の返済条件の見直しなどを打診している。

中国がこの機会にさらに影響力を増し、「債務のわな」と言われる状況が一段と深まることへの懸念も根強い。

今後、どこがどのようにスリランカを支援するのか、国際社会の課題となっている。


スリランカは正月休暇に入りましたが、日本でも報道されている通り、インフレによる食料や燃料の価格高騰から閣僚の退陣にまで発展しています。私たちの活動への影響も去ることながら、今までにない急激なインフレと経済活動の停滞は、特に収入の少ない世帯へ深刻な影響を与えています。

APCAS

今回の一連の経済危機で、私たちが農業分野で取り組んできた課題「肥料価格高騰⇒農業で生計を立てることが難しく海外へ出稼ぎ者が増える⇒農村の荒廃」にという悪循環がさらに進みそうです。

停電対応として、日本から蓄電池を現地に送れないか模索しています(日本事務所)