【記事】東京で「食べるに困る子」が増えている明確な証拠/東洋経済

2023.02.08

https://toyokeizai.net/articles/-/650891

コロナ禍に入って3年。世界的な景気減速の気配は漂うものの、日本国内の主要な繁華街や行楽地などには徐々に人や活気が戻ってきており、今や休日になれば郊外のショッピングモールやファミリーレストランなどは家族連れでにぎわっている。

ところが、そうした人々の明るい顔に隠れて、経済的事情によって「食べることに困る」子育て・単身世帯が静かに増えている。

日本経済が抱える問題

どこか遠くの国のことではない。日本の首都・東京という都会のど真ん中の話だ。2020年に厚生労働省が公表した「2019年 国民生活基礎調査」で日本の子どもの貧困率は13.5%と7人に1人が、貧困状態にあることが指摘されていたが、現時点でさらに悪化している可能性がある。現場を歩くと、「日本経済が抱える問題の縮図」ともいえる断面が見えてきた。

昨年12月中旬、東京・池袋を起点にする西武池袋線に乗って、西武豊島・有楽町線、都営大江戸線と交差する練馬駅(東京都練馬区)に向かった。駅前の商店街を抜けていった先の住宅街の一角に本部を構える「東京子ども子育て応援団」を訪れるためだ。設立者であり事務局長の河野司さんが、2015年に練馬バプテスト教会を借りて設けた子ども食堂から活動を始めた公益社団法人である。

もともとは経済的に困窮している子育て家庭に食材を届けたり、家庭に困難な問題を抱えた子どもたちの居場所を提供したり、塾に行けない子の学習支援をしたりしてきた。コロナ禍に入って子ども食堂や居場所の提供、学習支援の活動が制限されたことから、食材の宅配範囲を広げ、経済的に困窮する世帯に食材を無料配布する「フードパントリー」と呼ばれる事業を展開するようになった。

食品企業の製造工程で発生する規格外品をはじめ、まだ食べられるのに廃棄されてしまう食品を企業や生産者から無償で寄付・寄贈してもらい、困窮している人たちや福祉施設などへ無償で提供する団体・活動を「フードバンク」と呼ぶ。フードパントリーはそれよりも相対的に小規模に事業を行っていて、独自に食材を集めたり、フードバンクから提供を受けた食料を主に個人向けに配布したりする団体や場所・活動を指す。

食材配布の列に並ぶ人たちの様子に変化

要町あさやけ子ども食堂もコロナ禍に入って活動が制限され、現在は月2回ほどの食材配布を活動の中心に据えている。店主の山田和夫さんは言う。

「私たちの食材配布に訪れる人は子どもがいるとみられる中高年女性が多いです。皆さんニコニコされていますが、ここ3カ月はもらいたいという気持ちが強いのか真剣度が増しているように感じています。最近は物価高の流れを受けて卵の配布が喜ばれている一方で、私たちも卵を手に入れるのには苦労しています」

年が明けて、東京・浅草橋に本部を置き、フードバンク事業を展開するNPO(特定非営利活動法人)のセカンドハーベスト・ジャパンを訪れて話を聞いてみた。すると、やはり同様の傾向があることがわかった。同法人は直営3拠点をはじめ、東京、神奈川、埼玉の1都2県で約230拠点のフードパントリーへ食材を供給している。

「2020年には延べ約2万5000人に食材を配布していましたが、2022年には延べ約3万5000人に増えました。コロナ前から日本において食の支援が必要な人は少なくとも200万人いたと推計されるのですが、コロナでさらに増えたと思います」。セカンドハーベスト・ジャパンの政策提言担当マネージャー、芝田雄司さんはこう話す。

背景には、コロナ禍により接客・サービス業を中心として仕事が大幅に減ったり、なくなったりしたうえに、昨年2月に始まったウクライナ戦争に端を発した世界的な物価高が相まったことがある。「食べることに困る」ほど追い込まれているのは所得水準が高くなく、身分が不安定な非正規雇用者が大黒柱になっているような世帯。世界的に所得・資産格差が広がっていく中、もともと経済的に裕福ではない人たちに雇用難・物価高がシワ寄せされているのだ。

大きな問題はこうした「食べることに困る」貧困の状況が、端からはなかなか見えにくいうえに、セーフティーネットが十分でなく、当事者に情報が入って来にくいということである。

生活保護に頼りたくない貧困世帯の本音

生活に困窮している人たちを救う公的制度の1つに生活保護がある。ただし、一度、生活保護を受けてしまうと資産はすべて手放さざるをえなくなり、預貯金や借金もできず、保険にも入れなくなるなど、さまざまな経済的制約を受ける。だからこそ歯を食いしばってでも、生活保護を受けずにギリギリで耐えている貧困世帯は少なくない。

フードバンクやフードパントリー、子ども食堂といった「食の支援」をする団体や活動があっても、そうした情報すらも知らずに貧困に陥ったままの人々もいる。

生活保護以外で貧困世帯を救えるような仕組みを行政で本格的に作ろうとしたら、行政職員が動くための新たな根拠法・制度の整備と予算の裏付けが必要になる。ただし、仮にそれができたとしても、本当にかゆいところに手が届くような仕組みを作るのは容易でなく、結局は制度の隙間からこぼれ落ちる人が出てくることが予想される。

かといって「行政の怠慢だ」と切り捨てるだけでは解決しない。だからこそフードバンクやフードパントリー、子ども食堂などといった、行政から補助金などで支援を受けられながらも、民間の力を組み合わせて、最低限の「食の支援」を整え、それを浸透させていく取り組みが欠かせなくなっている。

これは本来食べられるのに捨てられてしまっている「食品ロス」の問題とも結びつく。農林水産省によれば2020年に日本の食品ロスは約522万トンに及ぶ。日本人1人当たりに換算すると約41キログラム、それぞれが毎日お茶碗1杯分のご飯を捨てているのと近い量になる。

食べられるのに捨ててしまっている食品がたくさんある

食品ロスの半分弱は各家庭から、残りの半分強は事業活動を伴って発生する。パッケージのデザインを刷新したり、季節性やキャンペーンなどの限定で作ったり、傷がついて見た目がよくなかったり、形や大きさなどが不揃いだったりなどといった理由で余ってしまい、食べられるのに捨ててしまっている食品はたくさんある。ここにフードバンクやフードパントリー、子ども食堂などの出番がある。

ただし、セカンドハーベスト・ジャパンの芝田さんはこう指摘する。

「食品ロスと貧困という2つの問題解決には関連があると誤解されがちだがそうではありません。企業、個人の余剰食品を必要な方へ提供するフードバンク活動が食品ロス削減に果たす役割はほんの微々たるもので、一方、企業が食品ロス発生を抑制したとしても、それが貧困の解決に直接つながるものではないからです。食品ロスと貧困の問題はそれぞれの取り巻く環境・要因が違う、因果関係が無いので同時には解決しないということです」。

フードバンクやフードパントリーは賞味期限切れで廃棄する食品を集めているのではない。ここをはき違えると、よかれと思ったとしても震災の被災者にゴミ同然の物資を送りつけるような活動に結び付き、当事者を混乱させかねないことには注意が必要だ。

フードバンクやフードパントリー、子ども食堂などの取り組みを育てていくには、企業の4大経営資源と同じで「ヒト、モノ、金、情報」がポイントになる。事業の担い手がいて、資金や物資の出し手がいて、支援を必要としている人々に情報が適切に伝わることが求められる。

「シニアにボランティアとして参加してもらいたい」

一連の取材で現場は人手不足にあるという話も聞いた。たとえば東京子ども子育て応援団の河野さんは「若い世代に比べて相対的にお金と時間に恵まれているシニア世代にボランティアとして参加してもらいたい。そもそも結果的に若い人たちを年配者が搾取するような社会構造になってしまっていることに問題があると知ってほしい。恵まれた人たちが進んで他人のために行動を起こしてくれることを信じている」と言う。

欧米と比べて根付いていない寄付の文化が広まっていくことや、物資を供給する食品関連企業、農家、漁業者などに支援を仰いでいくことにもまだまだ発展の余地がある。そもそも「フードバンク自体がまだまだ世に知られていない」(セカンドハーベスト・ジャパンの芝田さん)。

もちろん行政にできることもあるだろう。たとえば農林水産省は食品ロスの改善やフードバンクの活動支援に予算をつけているが、令和4年度は補正予算を入れても計6億円弱。少ないと一刀両断はできないものの、十分であるとも言いがたい。

日本はバブル崩壊後の「失われた30年」の中で大きな経済成長を果たせず、非正規労働者を増やし、企業がお金を貯め込む中で、長引くデフレに苦しめられ労働者の賃金は長らく上がっておらず、諸外国に差をつけられている。貧富の格差が広がり、富の再分配がうまく機能しない社会の中で生まれ落ちてしまった新たな貧困という側面もあるだろう。

そうでなくても失業、離婚、病気、事故、災害など、ちょっとしたきっかけで貧困に陥る可能性は誰しもにあり、他人事ではないと感じた人もいるに違いない。東京以外の地方ではまた事情が違うかもしれないが、まずはこうした事実を1人でも多くの人に知ってほしい。

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