【レポート】なぜ、スリランカで抗議行動は起きたのか?―経済危機から政治危機へ―(アジア経済研究所IDEスクエア>世界を見る眼)

2022.04 荒井 悦代氏

http://hdl.handle.net/2344/00053017

独立以来の経済危機

2022年3月31日、スリランカの最大都市コロンボ郊外のミリハーナにあるゴタバヤ・ラージャパクサ大統領私邸付近で、デモ参加者と警察が衝突し(ミリハーナ事件)、翌日非常事態宣言・夜間外出禁止令が発令された。政府は抗議行動の拡大を阻止しようとソーシャルメディアをブロックしたが、その後も全国で反政府デモが多発し、4月4日には首相以外の全閣僚が辞任するに至った。それを受けて大統領は「全政党による暫定政府を作り、問題解決にあたるので全政党は協力すべき」と主張したが、事態は収まっていない。

今回の抗議デモの原因が経済危機にあることは間違いないだろう。一部ではその要因を中国による「債務の罠」に求める報道もあるが(森 2022)、それは問題の本質ではない。国際ソブリン債の返済問題、大幅な物価の上昇、新型コロナウイルス感染症拡大の影響、外貨や燃料不足による停電など、独立以来の経済危機に生活苦を強いられた都市住民の不満が爆発したのである。その根底にはここ数年で高まった国民による政府への不信感があった。

以下では、なぜスリランカが経済危機に陥ったのかその経緯を跡付けるとともに、今回の抗議行動の特徴や今後の展開を考えてみたい。

悪化が続いた経済状況

もともと経済状況が良いとはいえない状況だったが、新型コロナウイルス感染症拡大が追い打ちをかけ、2020年半ばより国際的な物価上昇がスリランカにも及び始めた。2021年2月からコメ、小麦、ダール豆、ツナ缶など必須品目の小売価格の上限が設定された。しかし10月からは小麦、粉ミルク、セメント、ガスシリンダー、11月にはダール豆、砂糖などの小売価格の上限が撤廃された。その結果、食堂やレストランでは値上げせざるを得ず、彼らの半分以上は後述する停電の長期化もあり、営業をやめざるを得なくなった。ガソリン価格は、2021年6月と比べて70~92%上昇(2022年4月現在)している(Daily Mirror Online 2022b)。

価格の上昇だけでなく、外貨不足により燃料輸入が滞ったことも国民の生活に大きな影響を与えた。ガソリンスタンドには常に長蛇の列が作られ、2022年3月末にはトラブル防止のため軍や警察がガソリンスタンド周囲の警備にあたるようになった。バスや鉄道の運賃も引き上げられた。ガスシリンダー価格も約80%上昇したうえ品薄になり、空のシリンダーを抱えた人々が列をなした1

そして燃料(ディーゼル油)不足によって、国民は長時間の停電を強いられるようになった。スリランカではかつて水力発電が主体であり、降雨量が少ない年は停電が発生した。そのため安定的な電力を確保する目的から徐々に火力発電所を増やし、近年は大規模な停電は大幅に減っていた。

ところが2021年11月末の段階で、外貨準備高は輸入の1カ月分ほどの15億ドルにまで減少していた。石油大臣は「備蓄はある、停電しない」と述べていたが、12月上旬から発電施設の不具合や休止に伴う停電が発生するようになった。そして、政府は2022年2月中旬より計画停電を実施した。最初のうちは1日数時間だったものが徐々に増え、午前と午後に分けて10時間超の停電が行われるようになった。3月末のミリハーナ事件の直前には、1日13時間の停電を実施するとの発表があった。

大幅な物価高、燃料不足による停電は特に都市住民に負担となった。メディアなどは、この経済状況を「1970年代の外貨危機・経済危機」に匹敵すると評していたが(Bala 2022; Gunawardena and Kadirgamar 2020)、最近では「独立以来の」経済危機とも言われるようになった。

そもそもなぜ外貨不足なのか?

外貨不足の最大の要因は国際ソブリン債(ISB)の返済である。スリランカは中国からの融資が返済できずに、ハンバントタ港の運営権を長期リースせざるを得なくなり、中国の「債務の罠」に陥った典型例と見なされている。しかし、実は対中債務は対外債務全体の10%に満たない。

内戦で疲弊したスリランカは、インフラ開発のために2007年10月より国際市場で多額の資金を調達し始めた。その目的は、開発パートナー(援助機関や援助国)が資金提供するインフラ・プロジェクトを円滑に実施するためである。通常、開発パートナーはプロジェクトにかかる費用の100%を融資せず、約70%の資金を段階的に提供する。したがって、政府はプロジェクト費用の30%を準備しなければならない。スリランカはこの資金が必要であった。金利も低くなく、1回の支払いで多額の返済を行う必要があったものの、国際金融市場での資金調達に条件はなく、スリランカにとっては使い勝手がよかった。

ところが2020年以降は新型コロナウイルス感染症蔓延により観光客の来訪が激減し、外貨危機に陥り返済が困難になってしまった。たとえ観光収入が激減しても、国際収支に余裕があれば問題はなかった。しかしゴタバヤの兄のマヒンダ・ラージャパクサ政権期(2005­ー2010年、2010­ー2015年)に実施した大規模なインフラ・プロジェクトは、直接的に産業や雇用を生み出さず、貿易赤字をサービス収入(観光)で補うという経済構造は変わらないままであった。それでもコロナ前は綱渡り状態ではあったがどうにか債務を返済できていた。しかしコロナによって主要な外貨獲得手段である観光産業が大打撃を受け、同産業からの収入がなくなった。

観光業の回復見込みが立たなくなった時点で、燃料のほぼ100%を輸入に頼るスリランカは、外貨獲得手段や債務返済方法を模索しなければならなかったはずであった。政府はインド、中国、バングラデシュなど近隣国からクレジットライン2を取得したものの、それは同3カ国からの輸入にしか用いることができず、あくまで短期的な息継ぎに過ぎない。

野党議員や経済界は、債務のリスケジュールや国際通貨基金(IMF)に資金提供を求めるべきだと主張した。しかし中央銀行総裁はそれを頑なに拒否した一方で、期日どおりの返済に固執した(Daily Mirror Online 2022a)。そうすることで国際金融市場におけるスリランカの信用度は保たれるが、国民に強いる負担は甚大である。IMFへの支援要請に二の足を踏んだ理由は、IMFがスリランカ政府に課す条件(財政赤字の削減など)を実現するためには、増税や公務員・年金支給の削減を行わなければならず、国民の支持を失うと危惧したからである。政府は、3月下旬になってようやくIMFとの交渉を行うと決定したものの遅きに失した感がある。

街頭に出始めた市民たち

このような状況のなか、何ら具体的な手立てを模索しない政府への国民の不満は高まっていった。3月末、大統領は全政党会議を開催したにもかかわらず、外貨不足の本質的な解決策を提示することはなく、その場しのぎに終始した。野党も対案を出せなかった。このような人為的な失敗による耐久生活がまだまだ続くという絶望感が彼らの背中を押し、抗議行動に発展したといえる。

今回の抗議行動はこれまでと異なり、市民による自発的な行動という特徴がある。スリランカにおけるこれまでのデモは、特定の団体(教員、看護師、労働組合)などが組織的に行うものが多かった。動員された参加者は白い紙の中心部を黄色く塗り、その上から黒または赤い字で主張を書いた紙を掲げるのが一般的である(写真2)。しかし3月上旬以降、どこの政党、労働組合、組織にも属さない市民が自分たちで用意した紙(カレンダーの裏側など)を掲げて街頭に立つようになった。市民らは、地元の町で「#GotaGoHome」(ゴタ家に帰れ[ゴタは、ゴタバヤ大統領のこと])「もう十分」「金返せ」などと書いた紙を掲げている。彼らは首都コロンボ3近郊の中流階級で、暴力的になることもなかった(Daily Mirror Online 2022d; 2022e; 2022f)。

3月31日にミリハーナに集まった人々も、暴力的な集会に参加したとして逮捕されるとは思わなかったに違いない。午後6時半ごろから平和的にデモ活動を行う人々がいたが、10時過ぎより集会が暴力的になり、ゴタバヤ大統領の私邸を取り囲んだ。バスや車が燃やされ、警察が催涙ガスを使用し放水を行った。

この経緯には衝突直後から疑問が投げかけられている。平和的なデモ活動であっても取り締まり対象とするため、何者かが集会を暴力的なものにするために介入し、「危険・過激なデモ隊」というレッテルを貼り非常事態宣言を発出したというのである。事件現場の近隣には警察署があり、暴力的な行為があったならば、その場ですぐさま犯人を特定し、逮捕できたはずだといわれている。しかし現時点でその信憑性は明らかになっていない。

デモ以外にも、人々は反政府的な意思を表明している。例えばミリハーナ事件の逮捕者を支援・弁護しようと裁判所にプロボノ4弁護士が殺到した。元最高裁判事でスリランカ人権委員会委員長は、今回の逮捕者にテロ防止法(PTA)5を援用するべきでないといちはやく釘を刺した(Balachandran 2022)。

シンハラ人に牙をむいた政権

3兄弟(ゴタバヤ、マヒンダ、バジル)が大統領、首相、財相を務めるラージャパクサ一族(バジル財相は4月3日に辞任)への人々の不信感は強く、今回、一族政治の失敗が経済危機を招いたという認識が彼らを突き動かしている。

それを認識しているからか、ラージャパクサ政権は抗議行動が体制への危機に発展する前に強硬手段により抑え込もうとしたのではないだろうか。政府がSNSをブロックしたり、「#GotaGoHome」を広めた活動家を逮捕したりしたのは、運動の拡大を恐れたからだといえる。しかし市民は英語のプラカードを掲げてSNSにより情報を世界に発信し、これに呼応して世界各国のスリランカ人が現地で同様の活動を展開するなど広がりをみせている(Daily Mirror Online 2022c)。

政府はこれまでと異なり、シンハラ人にも牙をむいている。スリランカでは非常事態宣言や夜間外出禁止令は珍しくない。タミル・イーラム解放の虎(LTTE)との内戦中(1983~2009年)、イースターテロ6(2019年4~8月)などの際にも発出された。非常事態宣言下では令状なしの逮捕が可能になる。そしてその主な対象は内戦中はLTTEメンバーであり、イースターテロ時は過激な思想をもつムスリムだった。ところが今回の対象は一般のシンハラ人7であり、生活苦を訴えて街に出た人々を令状なしに逮捕している。デモの参加者には小さな子どもの姿もある。政府は非常事態宣言の発出が失敗だったと認め、4月5日には撤回したが、政権への信頼がさらに低下したことは間違いないだろう。

政治は大きく変わるか?

ゴタバヤ大統領は全閣僚を辞任させ、全政党の参加による暫定政府を設立し、経済危機から脱しようと呼びかけている。しかし野党はすぐさま拒否した。大統領は4月半ばのシンハラ・タミルの新年前に何らかの解決策を提示したいだろうが、なかなか打つ手立てがないのが現状のようだ。

今後の鍵は、抗議デモが都市だけでなく農村にも広がり全国的な拡大をみせるか、また高位の仏僧がどのように反応するかに左右されると考えられる。ゴタバヤの兄マヒンダが2期目の大統領選挙に出馬した2010年、コロンボの得票は対立候補者のほうが多かったが、全国的にはマヒンダの圧勝だった。スリランカの政治にとって票田は圧倒的に農村部なのだ。今回の静かに主張する市民たちはコロンボおよびその周辺の人々である。運動が農村部にも拡大し、全国的な広がりをみせれば、ラージャパクサ体制の崩壊という可能性もみえてくる。マヒンダが3期目の大統領選挙に出馬した2015年は、ラージャパクサ一族政治の汚職や腐敗、中国依存を問題視した宗教指導者、NGO、大学教授などがまとまり、主要2大政党がタッグを組みマヒンダの3選を阻止した。シンハラ人の多くは敬虔な仏教徒で、高僧の影響力は大きい8

ただし、ゴタバヤをはじめラージャパクサ一族が簡単に権力を手放すとは考えられない。すでにいくつかの連立政党が政権不支持を表明したものの、与党は国会の過半数を維持していると主張している(Mohan 2022)。たとえ過半数を割っても、大統領の不信任や弾劾には高い壁が立ちはだかる9。加えて2020年の第20次改正憲法では、大統領の権限を強化しており、憲法の規定を都合の良いように解釈して態勢の持ち直しを図る可能性がある。

一方人々は、ラージャパクサ一族を政治の中心から追い出すだけでは不十分であることを認識しているに違いない。2015年に成立したシリセーナ大統領/ラニル首相政権下で何が起きたのかを忘れているはずがないからである。大統領と首相の間で治安関連の情報が共有されておらずイースターテロの発生を防ぐことができなかったことは、前政権の重大な過失と見なされている。つまり今回の暴動はラージャパクサ一族だけでなく、政治全体への不満の表れともいえる。

今後の展開を予想するのはたいへん難しいが、現時点でいえることは、今回の抗議デモがスリランカ政治を大きく転換させる可能性を秘めているということである。※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

APCAS

現政権は、ほどよくシンハラ人の”愛国心”に火をつけ、人気を獲得してきた側面があります(2019年のテロの発生についても、政治的な関与がかねてから指摘されています)。レポートで指摘の通り、現政権への否定的な声に対する強権的な対応が、さらに政治的な混乱を長引かせる可能性も。そんな間にも、ガスの価格は昨年9月比で3倍、今月2022年4月の食品の物価上昇率は46%を記録しています。