アプカスを知る

団体の立ち上げとこれまでの変遷

津波、地滑り、内戦…災害の現場で何ができるか(2004-2010)

支援漬けのスマトラ沖津波被災地で(スリランカ)

 2004年12月に発生したインド洋大津波。スリランカ全土で3万人に及ぶ人々が亡くなりました。津波の到達が、日曜日の午前中ということもあり、帰省客や行楽客を多く乗せた列車やバス、買い物に出かけていた女性や子どもも犠牲になりました。当時、当会代表の石川は20代半ば、青年協力隊員としてスリランカ北中部州のアヌラーダプラに赴任中で、年の瀬の休暇でコロンボ近郊の海岸部に滞在していた際に、この災害に偶然遭遇しました。
 被災直後の変わり果てた海外線、甚大な被害を目の当たりにし、「何かできることがないか?」とアクションを始めるのに躊躇はありませんでした。発災後も任務の傍ら、現地NGOのボランティアとして被災地に足を運び、人を支援することに大きなやりがいを感じました。一方で、スマトラ沖津波災害のニュースは世界を駆け巡り、スリランカの津波被災地にも、世界中から莫大な支援が寄せられましたが、その中には、相手のニーズや文化に配慮が欠けた支援、自立心を失い「援助漬け」になってしまう人々、統治の欠如やルール違反による混乱や不正など・・・「支援を巡る圧倒的な現実」がありました。その現場での経験から、「自立とは?援助とは?幸せとは?よりよい社会とは?」といった大きな問いが生まれ、それに向き合い続ける思いが、アプカスの活動の原点になっています。
 派遣期間終了後、石川は地域防災や参加型開発をスリランカの現場で学ぶために、日本の大手NGOの現地スタッフとして復興支援事業に参加、その後、進路を迷いつつもスリランカ環境NGOの防災やファンドレイジング分野の専属スタッフとしてスリランカに残ることを決め、住民主体の地域開発手法を実践しながら、スリランカ全土を駆け回る日々を送っていました。

スマトラ沖津波活動へ (※作成中)

支援なき中部州地滑り災害被災者キャンプで(スリランカ)

 2007年1月に紅茶栽培地でも有名なスリランカ中部州の山間地帯で、同時多発的に地すべり災害が発生しました。16名の方が亡くなり、800軒の家が全半壊し、3900家族が避難キャンプでの生活を余儀なくされました。地すべりの再発の危険が高い地域では、住みなれた故郷に戻ることは政府から許可されず、水すら満足に得られない土地への移住を余儀なくされました。この災害は、インド洋大津波という注目度の高い災害の陰に隠れ、国内外から支援の手はほとんど届きませんでした。石川は、現地NGOのスタッフとしてその被災現場に向かうことになりましたが、テント生活を送る被災者が置かれた過酷な環境を肌で感じる中で、継続的な支援の必要性と石川の意志に賛同する仲間が集まり、その思いを込めた「アプカスAction for Peace Capability And Sustainability)」という名でNPO法人格を取得することを決めました。緊急物資支援やインフラ整備から始まったこの地すべり被災地での活動は、住宅再建や仕事作りまでに及び、5年以上も継続することができました。

地滑り被災地活動へ(※作成中)

IDPキャンプや内戦の激戦地区で(スリランカ)

  スリランカでは26年もの間、シンハラ人を中心とする政府軍とタミル人反政府軍(LTTE)の間で内戦が続いてきました。1983年を境に政府軍とLTTEが全面的な戦闘状態へと突入し、2009年5月に戦闘は終結しましたが、激戦地となった北部や北東部では、多くのタミル人が生活するための資源が破壊されてしまい、社会的にも経済的にも苦しい生活を送っていました。そういった地域でも、女性や子どもなど弱いグループに焦点を当て、現地NGOや国際機関と協働で、教育支援や生計向上の支援事業を行い、様々な実務を現場レベルで学ぶことができました。一方でこの期間は、内戦終結時に政府側のタミル人、反政府軍への人権問題が世界から問題視され、スリランカ政府からNGOへの圧力が強まった時期に重なり、活動の継続には多くの困難が伴いましたが、2010年8月には関係者からの働きかけが功を奏し、アプカスとして現地NGO登録を無事完了することができました(現在スリランカで新規にNGO登録することは、大変難しい状況です)。

内戦被災地支援活動へ (※作成中)

インド洋大津波災害中部州地すべりスリランカ内戦
時期2004年12月(25歳)2007年1月(27歳)1983年~2009年5月(29歳)
主な被災地全土沿岸部中部州スリランカ北部・東部
死者数約30,000名16名130,000名(未確定)
全壊半壊家屋約105,000軒約900軒データなし
被災者数1,070,000名3,900世帯1,000,000名以上(未確定)
主な活動【物資・教育支援】
・漁民へのボート配布
・災害孤児への教育支援
【インフラ整備、住居建設、教育生計向上支援など】
・トイレ・水道建設
・教育支援
・住宅建設(3年間)
・生計向上(5年間)
【女性・子ども支援、生計向上支援】
・避難キャンプ子ども支援
・女性自助グループ
・生計向上
スリランカの被災状況とアクション(2004年~2010年)

東日本大震災被災地で何ができるか(2011-2013)

 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、東北沿岸での甚大な被害が明らかになるにつれて、海外NGOセクターも緊急支援活動で日本国内の現場に入ることが伝わってきました。スリランカ国内の事業も多く抱えていたため、すぐには現場入りは叶いまませんでしたが、パートナーNGOパルシックの緊急支援活動の初動チームの一員として、3月末に宮城県石巻市に入ることができました。3月末の派遣当初は、「日本のような先進国で私たちの経験がどう活かせるか」全くわからない中での活動のスタートでしたが、行政や自治機能にも大きな被害が出たため、発災後20日を過ぎても、被災者の安否や避難所の所在情報も混乱を極め、食料や物資不足も深刻な状態が続いていました。当初は1か月程度で活動を終了しようと考えていましたが、被災地では引き続き多くのニーズがあったことから、スリランカでの活動と並行して、東日本大震災被災地でも活動を継続する事に決めました。
 当初は、石川と伊藤の二人だったアプカスとしての東北での活動も、石川が高校時代にお世話になった山形のグループ、大学時代の恩師や後輩、関西の研究者、デザイナーのチーム、そこからのネットワークを介して、専門家やボランティアなどが多種多様に繋がっていきました。さらに、石巻市や気仙沼市の地域的な魅力、リーダーや住民の皆様との出会いも重なり、当初の想定よりも、有意義で心の通った活動を長期間展開することができました。

時期場所主な活動
2011年3月~宮城県沿岸部緊急物資支援、物資マッチング、支援拠点の設営、ボランティアの受け入れ
2011年8月~石巻・気仙沼 仮設住宅の環境改善(主に寒さ対策)、被災地コミュニティの構築支援、支援拠点の運営、 ボランティアの受け入れ (受け入れボラ1200名)、 調査研究
2012年石巻・気仙沼 仮設住宅の環境改善(主に住みこなし支援)、被災地コミュニティの構築支援(交流や自治会との共同イベント実施)、支援拠点の運営、 ボランティアの受け入れ (受け入れボラ600名)、調査研究
2013年石巻・気仙沼 コミュニティの構築支援(交流や自治会との共同イベント実施) 、ボランティアの受け入れ( 受け入れボラ500名 )、 活動報告会と活動終了
東日本大震災被災地でのアクション(2011年~2013年)

ソーシャルビジネス分野に注力(2014-2019)

 私たちのような中小のNGOの活動の多くは、助成金などの「外部資金」によって運営されてきましたが、大きな限界を感じることが多々ありました。特に国際協力の外部資金は、単年度であったりスポット的のものが多く、被災地や貧困地域で活動を始めてみても、資金や人材の問題で中長期での継続が難しいという「継続性の課題」、現場で目まぐるしく変わるニーズに臨機応変に対応できない「柔軟性の課題」が絶えずありました。また大部分の活動では、事業自体には資金が提供されても、活動実施する側の人件費は無償のものも多く、特に小さなNGOは、日本人スタッフは無償で従事をする「手弁当」の状態が当たり前になっていました。この状況が長引けば、法人(団体)としての活動の持続性が損なわれるだけでなく、新たな人材の受け入れや育成も難しくなることは明らかで、「持続可能な社会を目指す中で、そもそも自分たちが持続的ではない」という何とも皮肉な状況に陥っていました。
 これらの市民活動の資金獲得の多角化の課題は、近年、ファンドレイジングツールの発展に伴い、様々なアプローチが開発されているものの、私たちのような小さな団体も時代の変化に合わせて、外部資金に過度に依存せずに、自律性と団体の個性を高めながら存続を図る必要性が高まってきました。そこで私たちは、活動の継続性と効率性を高めるために、今までは「あれもこれも」と多分野・多地域で展開してきたスリランカでの活動地域と分野を絞り、当会の強みである「フットワークの軽さ」や「今までの経験やネットワーク」を最も活かせる社会課題を選択することにしました。合わせて、活動の公益性と継続性を担保するために「ソーシャルビジネスによる社会的課題の解決」と「自主財源の確保」の両立を目指すことを各事業の共通土台とし、NGOセクターがもっとも弱い所である「付加価値(公益性)はあるが、利益(持続性)をどう生み続けるか?」というテーマに中長期で腰を据えて挑戦すべく体制の見直しを行いました。

主なソーシャルビジネス分野社会課題活動の特徴とフェーズ
指圧サロン「トゥサーレ・トーキング・ハンズ」の運営(現地法人による運営)視覚障がい者の就労支援、訓練教材の未整備、指圧師としての職域の開発と自立支援指圧院2店舗体制。コロナ前までは、 指圧院2店舗体制 で、視覚障がい者の指圧師10名+マネージャー2名で運営していたが、コロナの影響で縮小。現在、日本(国際協力機構)からの協力を得て、指圧を学ぶ視覚障がい者を対象に技術向上のための医学と英語講義、実技トレーニングを集中的に行っている
オーガニックブランド「Kenko 1st」の展開(現地法人による運営) 持続的な発展、循環型農業、健康な食品、農業セクターの貧困問題2014年よりカドゥエラ市でのゴミ問題、小規模農家への循環農業技術の普及活動から、活動範囲をキャンディ県やパートナーNGO活動地域などにも拡げ展開。Kenko1stブランドの生鮮品や加工食品をコロンボ市内に直営店に加え、ネット販売などでオーガニック製品を中心に販売。有機農業技術の普及に加え、より安定的な取引関係の構築も重要な課題として取り組んでいる
紅茶ワーカー長屋の改築による地域ツーリズムの展開僻地農村での交流拠点、タミル人の文化継承、小規模紅茶産業の衰退と貧困キャンディ県のバウラーナ村に暮らす小規模農家に、生計向上と循環型農業普及のために牛銀行方式で50頭ほどの乳牛の配布を実施。その地域にあった紅茶ワーカー用の「石造りの長屋」の歴史的価値に着目し、一部を宿泊可能な地域ツーリズム拠点に日本の建築の専門家チームとリノベーション。文化の継承や若者の雇用にも繋げるべく、静かにプロジェクト進行中
ソーシャルビジネス分野でのアクション(2014年~2019年)

テロやコロナウイルス感染拡大による活動の停滞(2020-2021)

 2019年4月、私たちの事務所や外国人向けホテルが多くある最大都市コロンボなどスリランカ国内8か所で、連続爆破テロ事件が発生し、私たちとも親交があった日本人の方を含む250名を超える方が亡くなりました。テロ被害を受け、各国がスリランカ渡航の危険レベルを引き上げた影響で、観光やビジネスでの往来が7割近く急減しました。私たちの事業も、海外からの観光客や企業との結びつきが強かったため、多くの影響を受けました。
 その後、徐々にテロへの警戒感が和らぎ、人々の往来が戻りかけた矢先、2020年3月に世界的なコロナ感染拡大に伴い、スリランカでも感染者が発生しました。スリランカでは、当初は低い感染者数で推移していたものの、隣国インドやイベントによる感染拡大が発生し、外出禁止令の発令が繰り返される事態となりました。2020年上期は、移動や物流が滞り、市民生活も混乱する中、特にKenko1stでの食品販売事業は、食に直結する事業であるため、政府から特別許可を受け、営業を継続しました。しかし、その後も感染の一進一退は続き、経済は停滞しており、じっと耐える期間が続いています。
 これに加え、近年は気候変動による影響で、干ばつや大雨など今までになかったような気候災害がスリランカでも頻発しています。安定的な暮らしや食糧生産を守る上でも、これらの課題への早急な対応が求められています。

活動時に大切していること

団体名APCASの由来

団体名APCASに込められた私たちの思い

英語表記APCASは、「Action for Peace, Capability and Sustainability」の頭文字をとったもので、同時にアイヌ語で「歩く」を意味しています。

「ともに考え、ともに歩く」

 私たちは団体発足後、「ともに考え、ともに歩く」をモットーに、人を支えるという視点で被災地や貧困地域で活動を行ってきました。現在は、活動の手法をソーシャルビジネスに特化し、人々の「歩もうという気持ちを高め、同時に歩んでいける環境も作り出せる」ように、広範な活動を展開しています。

 スリランカのような開発途上国・新興国では、社会課題の解決や福祉の提供を政府のみに期待するのは困難です。そこで私たちは、「政府」と「市場」が埋められない部分をソーシャルビジネスという形で繋げていく役割を果たしたいと思っています。近年、先進国、開発途上国を問わず世界的に取り組みが進む「持続可能な開発目標(SDGs)」の各共通目標の実現に向けて、これまで同様、初心を忘れず一歩一歩進んでいきたいと思います。

人間開発の視点 Action for “Peace” and “Capability”

  私たちの活動のバックグランドは、困っている人々や地域を外部者として支えてきた国際協力分野の経験です。そのため、課題選択や事業の進め方については、連携相手や事業を行う地域に対して「人間開発(=人々が教育や健康の享受を通して生涯にわたる能力や可能性を広げること)」の視点を核に据えて、プロジェクトを計画運営しています。
 ソーシャルビジネスが、文字通り「社会的意義が高いビジネス」であるためには、活動の目指す所が公益性があり、その手段が搾取的なものではなく、さらに多くの人々の理解と共感に支えられる必要があります。きれい事に聞こえるかもしれませんが、「人間開発の視点に立って公益性を追求する」という点は、私たちのようなNGOがソーシャルビジネスを行う存在価値そのものであります。
 具体的には、「有機農業および循環型農業のプロジェクト(Kenko1st事業)」では、野菜や加工品の仕入れ先について効率性や価格のみを追求せず、 例えばパートナーNGOが生計向上支援を行っている女性グループ等からも積極的に購入を行い、グループのエンパワメントと共に有機認証の取得のサポートや農業技術指導も行っています。また、小規模農家の営農課題に長年向き合ってきた経験から、買取方式や期間についても、 基本は年間で一定価格で買取り、さらに支払いまでの期間を短く設定することで、リスクを農家側に過度に負わせることはせずに「対等のパートナー」として関係構築を行っています。また、スリランカは、ごみ問題、特に海洋へのマイクロプラスチックの上位の排出国であることから、取扱食品の包装についても環境配慮型のデザインを取り入れ、社会や環境がより前向きな変化を進められるよう活動を多面的に展開し、公益性の実現を目指しています。

持続発展の視点 Action for “Sustainability”

 私たちは公益性の実現と共に、もっともNGOの弱い点でもある「継続ための利益をどう生み続けるか?」という点を柔軟な思考で追求し、将来にわたりより多くの人々に活動の果実を届け、支えていただけるように活動しています。
 よく新規事業は『0⇒1/ゼロイチ』ビジネスと呼ばれますが、私たちがスリランカで手掛けるソーシャルビジネスは、市場はおろか、そもそも働けるとすら思っていない人々へのエンパワメントを伴い、地域で誰にも見向きのされない負の資源から価値を生み出していく『-1⇒0マイナイチゼロ』ビジネスとも呼べるものです。これらの事業を立ち上げ、継続していくことは、一筋縄ではいかないスリランカというお国柄や文化背景に加え、テロやコロナ等のの影響も重なり、当初の想定以上に逆境の連続となりました。
 さらに、「真の持続性の確保」という点では、新たな種を撒いたのが私たちだとしても、一定の継続の後に新たな担い手に引き継がれ、より広く深く社会の中で根を下ろしていく必要があります。このためには、私たちが長年に渡り地域開発で培ってきた「外部者」「脇役」であるという自覚を持ち続ける必要があります。
 例えば、視覚障がい者の指圧師としての雇用促進事業(トゥサーレ・トーキングハンズ事業)では、「視覚障がい者の雇用率が1%にも満たず、適切な仕事がほとんど提供されていない」という社会課題の解消に向けて、コロンボの中心地に指圧サロン「Thusare Talking Hands」を立ち上げ、視覚障がい者の就労支援事業に日々向き合っています。私たちは、店舗のマネジメント支援を通した労働環境の整備に加え、中長期の「持続性」の視点から「視覚障がい者への指圧トレーニング内容の強化(アクセシビリティの高い教材整備や指圧現地講師の育成支援)」や「国立職業訓練機関との連携」も進め、 障がい者の雇用の受け皿が社会全体で大きくなるような活動も同時に行い、将来的には、スリランカ国内の人材が中心となり自律的に指圧師養成を行える体制構築、さらに指圧師の国家資格制度の創設についても視野に入れ、安定的かつ持続的に視覚障がい者が働けるための活動も並行して進めています。
 現在、指圧師養成事業含め、メインのソーシャルビジネスは立ち上げから5年以上が過ぎ、 立上期はなんとか超えることができましたが、経営面での収支、ビジネス規模を見ても、目標としている自立運営への道はまだまだ遠く、よちよち歩きの状態です。しかしながら、世界の潮流に目を向けると、SDGsやESG投資などの価値観が定着し、事業の中核に持続可能性を織り込まないビジネスは人々から評価されない時代になってきました。さらに、ソーシャルビジネス分野では、新たなアイデアや技術を取り込み若い世代の皆様の活躍も大きく取り上げられるようになりました。私たちも、災害、貧困、環境問題などの諸課題に15年以上現場で向き合ってきた団体として、熱い心と冷めた目で、これからも初心を忘れず、歩み続けていきたいと思います。

アプカスと学ぶ

活動国スリランカを学ぶ

国土・民族

 国土は北海道の8割くらい、島の南北の長さは約440km、東西は220kmに2192万人が暮らしています。人口密度が比較的高く、日本と同レベルの354人/km2となります。
 女性の社会進出や教育面での支出も多いことから出生率も減少が続き、2.19人(2019年)で、人口増加率も0.5%と頭打ちの状況です。各民族は、シンハラ人73%、タミル人18%、ムーア人8%となっています。上記の他にも、先住民族である“ヴェッダ”や、ポルトガル・オランダ人混血の“バーガー”もいます。
 地形は北部には平坦地が多く、南部に向かって山地が多くなり、最高地点はピドゥルタランガラ山(2,524m)です。

気候

 気候は、熱帯のため高温多湿で、海岸部・低地では年平均気温28°Cで、日本のような四季はありません。一方で、中央部の高地では気候は冷涼で、ヌワラエリア(標高約1890m)という避暑地では、年平均気温18°Cと一年中、春のような気候で長袖の服が必要です。ほとんどの地域は5月~10月が多雨期で、北部・北東部では12月の多雨期を除いては乾燥しています。近年は気候変動の影響が顕著で、スリランカ全土で、雨季・乾季の周期が変わり、干ばつや局部的な豪雨による洪水・地すべり被害が頻発しています。これらの問題は、食料生産に直結し、今まで二期作が可能であった地域が不能になったり、稲が洪水ですべて流され収穫不能となり、食料価格の上昇要因の一つとなっています。

暮らし

 女性の社会進出は、他のアジアの国と比べると進んでおり、世界で初めて、女性の大統領を輩出した国です。一方で、貧しい世帯の女性が、子どもを残したまま、中東やヨーロッパなどに出稼ぎに行かざるを得ない現状があるのも事実です(国レベルの一人当たりの貧困ラインは1か月5651ルピー≒3100円に設定されています)。現在、スリランカの外貨不足によるインフレが問題となっていますが、コロナの影響で出稼ぎが難しくなり、スリランカへの送金が減ったのも、実は外貨不足の大きな要因(2010年代半ばには海外出稼ぎ者からの送金はGDPの8%を占めており、出稼ぎ先はサウジアラビアやUAEなど中東が9割近く、女性家事労働者が半数近くを占める)となっています。
 医療は基本的に無料ということもあり、平均寿命は75歳(男71歳 女78歳/WHO2012年)で、南アジアの国々(インド:66歳 ネパール:67歳)と比較しても長寿の国であると言えます。そのため、65歳以上の人口は11%程度とまだ高齢化社会にはなっていませんが、2040 年には28%まで増加と予測されています。
 そんなスリランカですが、生活の中での楽しみは?と尋ねてみると、スマホでSNSやチャットをしたり、家でゆっくりテレビを見たり、休日に寝ていたり(スタッフ談)…あんまり日本の人と変わらないでしょうか?テレビをゆっくり見るためにも、電気の安定供給は重要ですね。
  2015年と少し古いデータですが、スリランカの一般的な人々の暮らしが見えるデータとして「一日の時間帯別電気使用量」から日本人との暮らしをおおまかに比較してみましょう。

【日本の消費電力トレンドの特徴】
○工業・サービス部門での電力消費が多く、日中に消費が多い
○冷房の使用が多いためか、気温が上がる午前中から増加、夜間の就寝後も急激に下がらない

スリランカの消費電力のトレンド
○国内の電力消費量の内、家庭消費が占める割合が多く、電力消費から生活スタイルが見えやすい
○エアコンの普及が進んでいないため、日中でも消費量が多くならない(日が差し込みにくい窓の小さい住宅や天井扇は使用)
○ピークは「帰宅後の夕飯時」。帰宅して「テレビ(家庭消費電力の51%)」「扇風機(同13%)」「炊飯器(同12%)」を使う傾向が見えてくる(団らん後は、電気を多く使わないため、ピークアウトも早い)。夜間は出歩かず、帰宅後は自宅でテレビを見ながら夕食を食べるという生活スタイルが垣間見える(2015年データ)
一日の時間帯別電気使用量のトレンドからスリランカの暮らしを見る( JETRO/BOP層レポート等参照)

 また、安全の管理の点では、日本人がスリランカにお越しになる際には、蚊を媒介とするデング熱やチクングニア熱などは多くの患者が発生していますので、特に蚊に刺されないようにすることが大切です。スリランカ人にとっても、治療薬のないデング熱はやはり辛い病気の一つです(苦笑)

教育

 公用語は、シンハラ語とタミル語で、英語も公用語に近い扱いです。 初等教育への就学率95%、識字率93%(識字率の数字が現状より高いと指摘する専門家も周りに多くいます)となっています。基礎的な教育インフラについては、公的教育に加え、お寺による学校運営などもあり、他の開発途上国に比べ、最低限は整っていると言えます。公教育は大学まですべて無料ですが、最終的に13校ある大学へ入学できる生徒は、全体の5%程度を少し超えるくらいの狭き門で、受験勉強を教える私塾も存在します。
 教育分野での課題としては、「都市部と農村部の教育格差問題」が挙げられます。都市部では学校への子どもの有償送迎サービスがあるほど、熱心に教育が行われている一方、道路や電気などのインフラ整備が遅れている僻地農村地域(交通アクセスの悪い地域、プランテーション農業地区、内戦の影響が多かった地域等)では、先生のなり手が不足し、一部の授業がキャンセルされたり、親の仕事を手伝うためや教科書代などの自己負担分を払えないために学校に通えないような子どももいます。スリランカで貧困層と呼ばれる人々の生活での支出を見てみると、貯蓄はなく、80%の支出が食費、衛生・健康への支出が3%、教育への支出は1%であるという統計があり、貧困層では教育費の支出の余裕がないことがわかります。生まれた家の所得や学習環境で、仕事の選択肢が決まってしまう傾向が強くあり、教育機会の不平等や貧困層の固定化に繋がっています。

スリランカの教育制度

自然

 スリランカは、鳥、チョウ、蘭など豊富な生物多様性を誇る地域として知られ、国土の10%が国立公園や自然保護地区で、サファリや海では野生生物も見ることができ、世界から多くの観光客が訪れます。一方で、人々の居住地域が拡大し、動物の生息域は減少しています。森林が国土に占める割合は3割程度で、微減傾向が続いているようです。また、南部では港の開発や排水などにより、珊瑚が激減したり、60種近くの動物が絶滅の危機にあるという現実もあります。
 スリランカを代表する動物と言えば、ゾウですが、この100年で1万2000頭あまりいたゾウは、1/4に減っています。以前の生息区域だった場所でゾウが人間のごみを食べ消化器官にビニールが詰まり死んでしまう例も・・・ウミガメやシカにも同様の被害が出ています。また、ゾウと人間の共存の問題も大変深刻で、実際に住宅を襲ったゾウによって命を落とす人が出る(2019年には121名の死亡者が発生)など、北海道のヒグマ問題と同様の構図があります。
 自然と暮らしの調和という観点では、「連珠式ため池」に代表される古代王朝時代からの灌漑システムも、動物と人間の接点となる里山のような存在として、スリランカの水資源、環境保全にも一役買ってきましたが、近年は森林の減少や維持管理コストが支払えず、浸食による灌漑の機能が低下し、耕作放棄地となるケースも多くあります。

文化

 食事の基本は、香辛料やココナツミルクを使ったカレーですので、辛い物が苦手な方には大変かもしれませんが、具材となる野菜や魚、お米などの主食にも豊富なバリエーションがあり、深い世界です。皆さん、はしもスプーンも使わず、手で混ぜてつぶしながら、上手に食します(スリランカには「手で噛む」という言葉があるほどです)。近年、スリランカカレーが日本でも注目され、カレーと様々な副菜を一皿で食べられるヘルシーさが人気ですが、スリランカの人々のごはんの食べる量を見ていると納得しますが、やはり食べすぎはよくないようで、生活習慣病や肥満は、大きな社会問題になっています。
 一方で、国内には世界遺産が8つもあり、世界的にも人気のある観光地です。仏教や古代王朝の遺跡、原始林、植民地時代の影響を受けた街並み…どれも感動的です。また、建築関連の事業もやっているせいかもしれませんが、建築家ジェフリー・バワの自然と融合した建築に興味を持たれる方も多いです。
 伝統文化という観点では、日本でも美容などの分野で施術が受けられるアーユルヴェーダが、医師免許を必要とする医療として西洋医学と同居しています。また、仏教、ヒンドゥ、イスラム文化などが混在し、街の至る所に多種多様な宗教施設があり、信心深い人々が多い国でもあります。
 スリランカの人々は、見ず知らずの人にも親切な人が多く、人懐っこいのも特徴ですが、日本人から見るとパーソナルスペースが狭く(さすがにコロナで距離を取るようになりましたが)、対面や列に並ぶ際などかなり圧迫感が(笑)。記憶や言語習得は得意な一方で、一緒に働いてると直情的な面も多く、「もう少し大人になってよ(泣)」と思う瞬間も正直少なくありません。年中暖かい気候で暮らす南国気質なのか、どこの村にも平日暇そうにしているおじさんが家の軒先に多数おり、日本人の勤勉さに比べると「のんびり」している人々が多い印象です。
 また、人気があるスポーツは、断然クリケットで、日本の方にはなじみが少ないかもしれません。ボールの投げ方の基本がクリケットの投げ方なので、野球のイメージでキャッチボールをすると投球フォームに違和感が…。重要なクリケットの試合があると、町の食堂などで食事をしながら観戦している人が多く見られます。あと、日本の方が驚くのは、トイレに紙がないということでしょうか(笑)


アヌラーダプラ
 スリランカ最古の都市。2500年以上前の仏教王朝の遺跡群と高い技術の灌漑施設がある
ポロンナルワ
 全盛期には、聖地として多くの来訪者が世界から訪れたと言われるおよそ1000年前のシンハラ王朝の都。
シーギリヤ
 ジャングルの中にある大きくそびえたつ岩の上に建てられた1500年前の王宮跡。庭園と貯水池、シーギリヤレディと呼ばれる壁画も有名。
ダンブッラ
 150mの岩山に作られた5つの石窟からなる国内最大の寺院で、各時代の王により手厚く守られてきた仏像や壁画が魅力
キャンディ
 15世紀のシンハラ王朝最後の都。日本でいう京都のような存在で、仏歯時などがとくに有名。
ホートンプレインズ国立公園
 標高2000mの草原が広がる国立公園。直角に1000mの高低差がある「ワールズ・エンド」と呼ばれる絶壁が有名。
シンハラ―ジャ森林保護区
 国立公園の一部で小規模な保護区ながら、樹木、昆虫、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの固有種の宝庫
ゴール旧市街と要塞
 長く外国に支配された歴史があり、ヨーロッパの建築様式とアジアの伝統が融合し街並みが特徴の要塞都市 
 
スリランカ世界遺産マップ

経済

 スリランカの1人当たりの名目GDPは、通貨安の影響もありここ数年は低下傾向で、2020年で一人当たり3,681ドル(世界118位)とおよそ日本の1/10程度で、「低中所得国」になるそうです。人々の給与水準についても、職種や社会保険などによって一概に比較は難しいですが、日本人の1/5~1/10といったイメージです。
 昔からの基幹産業である紅茶、ゴム、ココナツ、米などの生産に加え、ルビー・サファイアなどの宝石業、世界的なアパレルブランドの生産を支える繊維業などが盛んです。一方で、教育レベルや言語能力が他国に比べ高いことから、サービス業へのシフトも進んでおり、観光関連産業に加え、IT関連の高度人材も世界的に注目されています。
 経済成長については、海外からの借り入れを原資とする政府のインフラ投資を中心に、建設、運輸、金融、不動産、卸小売産業が長く経済成長をけん引しています。経済構造の特徴としては、外国と直接つながることができるコロンボを中心とした「英語経済圏」と生産性の低い農業とインフラの整備の遅れが特徴である「僻地経済圏」があり、その経済圏間の差の固定化が、社会に大きなひずみをもたらしています(農村人口=80%/世界的に高水準)。
 内戦の終結後は、5%前後の経済成長率を毎年達成していましたが、2019年の同時多発テロやコロナ感染拡大の影響に加え、政治的な混乱(報道の自由度ランキング121位/2021年)や海外債務の返済遅延(政府債務=GDP80%超)もあり、外貨不足と為替の不安定化が経済に負の影響を与えています。
 日本同様、資源に乏しい島国であり、海外から石油製品や原材料を多く購入している(石油・鉱物燃料年間32億ドル輸入/輸入額の15%。貿易収支=1966年以降赤字国)ため、通貨不安は、急激な物価上昇をもたらし、経済活動に急ブレーキをかけています。
 また、スリランカ国内では実に多くの日本車を見かけます(輸入額第3位/2017年)。これらの根底には、親日国としてのスリランカがあり、日本の工業製品の品質の高さから実感するMade in JAPANに対する「信頼」と第2次世界大戦後の復興を経て経済大国になった同じ島国への「憧れ」が内在しているように思います。ただし、車の価格は驚くほどの高値。特に税金が高いため、取得には日本の3倍くらいの値段がつく場合もあります。

2009年以降5%前後の成長率を記録。近年は鈍化傾向にあったが、2019年の同時多発テロ、コロナ感染拡大の影響が、経済を直撃しています
スリランカの輸出はアパレル関連が40%以上を占め、農産物、ゴムなど一次産品は27%と続く
2018年までは夏季冬季の長期休暇期間を中心に安定して観光客数が増加。2019年のテロの影響から持ち直すも、コロナ感染で低迷
各産業分野の特徴と課題特徴最近の動向
農業・水産分野○【有機農業に転換】政府は、有機農業の普及を主目的に、2021年5月から世界で初めて国内の農業をすべて有機生産にするという計画を立てたが収量減になった紅茶生産者等の声で、10月に化学肥料の輸入禁止を一旦解除。今後も有機農業推進自体は変えない方針。
○【紅茶】
○【ゴム】
○【宝石】
※只今2022年版を作成中
工業・エネルギー・インフラ分野○【電化率】スリランカの世帯電化率は2013年末現在96%であり、南アジア諸国の中では高い。日本からもODAで大規模水力発電所建設などの案件があった
○【発電】石炭火力発電所1ヶ所が稼働中で、国の需要の40%を賄っている。
○【再生可能エネルギー】
○【注目分野】
※只今2022年版を作成中
観光・サービス分野○【新企業も登場】ピックミーなどの独自サービスも
○【アパレル】アパレルはバングラディシュが有名だが、スリランカでは教育水準の高さから、より高い技術の求められる厚手の上着やオーバー、ランジェリーなどの生産が行われている
○【観光】
※只今2022年版を作成中

データから社会課題を学ぶ

 ソーシャルビジネスを展開する中で、私たちがどういった社会課題に出会い、アプローチを検討するか、そのベースとなるデータを共有できればと思います。

貧困率の推移

 貧困を収入額という形で見ると、年々一定の収入額以下の数、貧困ライン以下の人々の数は減少しています。一方で、現在の貧困ラインは、1か月5651ルピー≒3100円に設定されています。一食を安い食堂で食べても150円くらいはかかりますので、そもそも貧困ラインが妥当なのかという問題があります。さらに近年は、①教育費、通信費、社会保険料などの支出の大幅な増加、②インフレ(2021年は特に顕著)、③気候変動や災害の多発(日本同様、貧困者の方が影響を受けやすい)等を考慮する必要があり、年々暮らしが大変になっているという声も実際多く聞きます。

※今後、他のデータ追加予定

グッドプラクティス

 今までの15年に及ぶ活動の中では、予算や人的なリソースが限られる中で、私たちがたどり着いた「Good Practice (優れた実践)」も少なからずありました。国を問わず、地域開発の現場では共通課題が多くありますので、そのエッセンスを共有できればと思います。

1.視覚障がい者向けのアクセシビリティの高い指圧テキスト製作(2020)

【課題】【実践】
視覚障がい者向けのアクセシビリティの高い英語指圧テキストが必要 無料読み上げアプリを使いテキストを音声化(アプリ内でインド系の人の発音に寄せたり、細かな設定までできた)。音声変換したテキストは、Sound Cloudの無料アップロードで専用サイト内にアップロードし、スマホとインターネット環境があれば音声テキストにアクセスできる状態になり、学習の効率が向上した
Thusare Talking Handsサイト内のテキストページ(mp3形式)

2.現地の気候風土に根差した生ごみのたい肥化手法の考案 (2015)

【課題】【実践】
都市部の大規模たい肥化施設(コンポストプラント)で、限られたスペースと機材で、効率的なコンポスト手法の考案が必要 明石高専と連携し、生ごみの間にドレイン管挟み込むことで、生ごみのたい肥化に欠かせない通気性を高め、切り返しの回数を減らした「たい肥手法」を考案
カドゥエラ市のコンポストプラントで共同で考案

3.土ブロックを現地生産し、参加型復興住宅づくり (2010)

【課題】【実践】
災害復興住宅の移転地は、山間地で道路が未整備なためアクセスが悪い。そのため、建築資材を運ぶコストが割高で、住宅を建設する上で必要なレンガを予算内には運べない土木の適正技術を専門に研究するスリランカ国内の専門家と連携。建築現場に運び込み可能なレンガ製造機を導入し、土地造成時に出る建築残土から、強度があるレンガ製造が可能になった。結果、外部購入より安く、必要なレンガを製造する体制を構築し、地域の男性の雇用にもつながった
住宅用レンガ(エコブリック)を住民自ら作っている様子

4.移動式のあかりカフェのデザイン(2012)

【課題】【実践】
被災地区で、仮設住宅に入居する被災者と受け入れコミュニティのコミュニケーションの不足が顕在化。イベントを打っても、日中は特定の方しか集まらない状況で、マンネリ化していた。あかりデザイナーチームと連携し、夜の移動式コミュニケーションスペースを考案。建築家や資材メーカーも加わり、灯り空間の中で、食事や会話、映画を鑑賞するイベントを多数展開。
あかりカフェの様子(気仙沼市の仮設住宅横のスペースで自治会と共催)

5.Kenko1st エコ・パッケージデザイン(2019)

【課題】【実践】
スリランカ国内では、ごみ減量や河川の環境汚染防止の観点から、ビニールやプラスチック包装への使用規制が進んでいる。食品分野でもこれらに依存しないパッケージデザインの開発が、ブランド構築上も急務となっていた。店舗では量り売りをメインにし、極力プラスティック包装をしないように取り組んでいる。顧客への配達用に使用していた袋も、長く使用できる耐久性のあるものに変更。また、日本人デザイナーの協力を得て、紙袋に穴を空けたデザインで通気性と可視性を両立させたオリジナルパッケージを考案し、積極的に使用している。
『Kenko1st Organic』のパッケージ展開

今後取り組みたい課題や分野

  私たちは小さな団体ではありますが、スリランカの広範な地域での地域開発分野でに農業、環境、教育、障がい者、女性支援事業のマネジメントに加え、ソーシャルビジネス分野の知見やネットワークも蓄積してきました。これらの資源を国境の垣根を越えて繋げていくことが、この仕事の大きな楽しみでもあります。何か心に響くものを感じましたら、ぜひ声をかけてみて下さい。この先、皆様方と生まれていくものを楽しみに、私たちは歩みを進めていきます!

①持続可能な農業分野

循環型農業の普及と農業ブランドKenko1stの展開
【現況】自家圃場、スリランカ各地から有機農産物の仕入れを行い、コロンボ市内中心部での自社店舗、卸販売、EC販売等を日々行っている。生鮮品(野菜、果物、豆、牛乳等)に加え、100品目の自社ブランド食品を展開中【ニーズ】○食品の安全に関する意識の高まり○政府の有機肥料使用への後押し○気候変動への対応ニーズ○中東やモルディブなどへの輸出ニーズ○新たな技術を活用した栽培○いちごやトマトなどの高付加価値農産品
【課題】○人材の確保○競合オーガニックブランドの増加(玉石混交の状態)○天候不順への対応(農業技術やITシステム作り)○資金繰りの課題(農家保護、公益性の観点から買取価格を固定方式にし支払い期間を短くているため)○スリランカ国外への販売体制○スリランカ通貨の不安定化【シーズ】○スリランカ農業市場の動向熟知○複数地域における試験栽培(自家圃場、栽培スタッフあり)○新たな食品等の市場調査○ブランドの海外展開(OEMやバルクでの輸出可能性もあり)○アーユルヴェーダ商品○オーガニック認証プロセスを熟知○軽食部門の強化

②障がい者の職域開発分野

指圧院トゥサーレの運営と指圧師としての雇用促進
【現況】コロナ感染拡大までは、2店舗+出張型のセラピー等で指圧師10名+マネージャー2名体制だったが、コロナ感染拡大に伴い、来客が急減。指圧師はコロンボ市内に宿泊施設に滞在し、5名の指圧師にトレーニングを行いつつ、規模を縮小して継続営業【ニーズ】○観光客が戻ることで一定の顧客数は回復見込み○長期的な雇用に向けた経営計画
【課題】○指導者による訓練機会の不足○なり手不足(視覚障がい者の就労意識の低さ)○指導者の育成○障がい者が働く事への偏見○訓練施設の整備【シーズ】○指圧サービスへの高い評価○日本人による指導体制(コロナ収束後は再度派遣予定)

③紅茶長屋による地域ツーリズム

歴史的長屋の改修と地域拠点としての活用による地域ツーリズム事業
【現況】乳牛の配布を行ってきた旧紅茶生産者が暮らす地域にある長屋の建築資源として着目。2015年に改修工事を完了。翌年に地域の若者へのトレーニングを開始。Kenko1st事業での有機農産品の買取も実施中【ニーズ】 ○現地住民交流型の体験ツーリズムは紅茶観光の一つとして可能性は大
【課題】○観光業が振るわず、ツーリズム利用者が低調○地元の若者の育成【シーズ】○幅広いタミル文化体験○紅茶摘み体験&ツアーの一部受け入れ○中山間地のトレッキング○牛乳生産の強化

④その他の新分野

その他の新分野・注目しているソーシャルビジネス分野
【医療ごみの処理問題】
スリランカは国土が狭いこともあり、ごみ問題に関する課題が多い。最近、関係者から聞いたのは、医療関連のごみを適切に処理できない地方の医療機関が多いということである
【望まれるビジネス】
地方都市の医療機関向けの小規模ごみ焼却システムの構築
※そのほかについては随時追加予定

コンタクト

※時期によってはご返答までにお時間をいただくこと、また、内容によってはご返答いたしかねますので、何卒ご了承下さい。